たまゆらのなかのとわ

絵 声 共時性 日記 時世

半径30キロからうたかたを見渡す

次男の中学進学先を決める時 色々な教員と話をした

その中で「親身」と言う言葉が当てはまる方は現場の先生には皆無だった

市の教育委員の先生方には 息子と私たち家庭の意見と思いが伝わった様で

県への働きかけもして下さった そのお陰で今は特別支援校へ通っている

主に私が交渉していたのだが 私には長い物に巻かれるという意識が備わっていないので

交渉にはちょっとしたコツを使った

彼等の弱点を少し突くのだ でも彼等の立場を壊しては元も子もない

自他共に生かすのである 


そんな中私の感情に触れる先生がいた もちろん悪い意味でである 

その方は典型的な中堅の女性教員

丁寧な物腰では隠し切れない高慢さが伺えた

支援校を希望する私たちに 優しい作り笑顔でこう言い放った

自分より下のレベルを選ぶのもねぇ あれなんですが やっぱり上を目指さないと

下とは支援校の事で 上とは普通校のことだ

彼女の頭の中(心とまでは書かずにおこう)は この発言でおおよそが露呈されている

その事に対する自意識が無い事を高慢と言うのだ(あるのならばなお)

私はかなりカチンと来たが がっぷり四つと取っ組み合う時間が無駄だと判断し

受け流した

彼女にはいづれ学ぶべき時が来るだろう(何だか私の方が高慢ちきですね)と

心でつぶやいていた


なまじ「先生」などと呼ばれると 政治家でも教員でも勘違いスイッチがonになるのか

季節柄思い起こる「実るほど頭を垂れる稲穂かな」と言う句が空しく感じる

彼等は「先生」になって学ぶ事を忘れてしまっている 知性でも人間性でも・・・

何も実っていないのだから 頭も垂れるはずがないのだが・・

だがこの世がまだ少しでもまともなうちは いづれ足をすくわれるのだ

(とはいえ一般の常識は野望多き人間層に作用として利用されている事も否めない モラルや常識が彼等の争いでの世論と言う武器として利用される)


ここでは教員に限っての考にしたいと思うが

彼等には定年(高額の退職金)まで あわよくばその後のポストにもありつけると言うレースがある

そのレースに勝ち抜く為には 「事なかれ信仰」の信者でなければならないのだろう

同時に「先生」が故の欲も 小出しに満たしたいのだろう またそれ故のあの

中堅女性教員の発言が いくばくか彼女のそれを満たしたのだろうし

私には実に哀れにも思えたが 彼女のプライドや立場を壊したところで

教育現場が劇的ではなくとも確実に変化する訳でもないのだ

世の中で学校というものの体質が これだけ露呈しているにもかかわらず

彼等の体質は未だ中へ中へと閉じこもっている

そんな事実は無い様に 今も学校では時間が流れている

社会病を日常と健常が覆い隠し つかまえられなくなっている 

多くの大人と子どもが 欲と恐怖と不安を持て余している

食べるものが捨てるほどになった現代で 

私たちはただ その感情を発散する為に生きている様にも視える

高尚で麗しい立場の裏で 家族(とりわけ弱い立場の子ども)を平気で蔑ろにできる

バレなければ何をしても良い・・・悪魔の計画が着々と進んでいる(これは比喩です)


そんな世の中で 私たちは密かに心を失わずにいなければならない

騙されたふりをして進むしかない そしてその現代人の重荷と過ちを

降ろす日が来ることをイメージして 日常を目と心に焼き付けたいと思う


半径30キロから 見渡すうたかた