たまゆらのなかのとわ

絵 声 共時性 日記 時世

八月九日

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原爆死とは直接的な事のみを示す事ではない

被ばく者と認定されることは ある意味そのレッテルを貼る事で

被爆者であることを示し 周知させ国からの保護を受けると言う等価交換(等価であるかは疑問)

それは障がい者認定にも通ずるものがある

裏を返せば「被ばく者」「障がい者」と公表すると言うことは

別のリスクも生む

被ばくに関しては 関連する差別がどんどん生まれた それらは社会問題にも上がらない

ひっそりとした差別だ 

障がい者にあたっても 直接的排除ではない ひっそりこっそり行われる排除は表に出ない

笑顔で接するも 触らぬ神に祟りなし それらは結婚や就職という節目で

ひっそりこっそり行われる

障がい者枠も限られていて次男のような軽度障がいの場合等は
就職できなくなってきている)

それこそが最も恐れるべき差別の本質なのだ

そこで選択は二分する 

秘密は墓場まで持って行かれてこそ 本当の秘密

秘密とは表に出ないものの事を言う

したがってそれらが公に議論されることは永遠にないのである

秘密を抱きし者は 声高らかに自らの立場を保身しない できないのだ

私などは思う 体制だの主義だのと言って 人間社会を律するなど

如何に表面的であることかと

結局のところ どう生きるか腹をくくるのは己自身なのである
(公にするか懐にしまうか決めるという意味)

サバンナのライオンが「もっと獲物を獲れやすくしてーな」とは言わない

その比喩をあざ笑うのなら 延々と議論することは

今のこの日本においては 未だ娯楽の域なのではなかろうか

珠玉混合の世の中で 珠のみにせよなどと言うのは

この地球上で人間だけではなかろうか

負を受け持つ末裔として想うこと

そして淘汰とは決して悲しみではないことを

一瞬の中の永遠で 私は見つけたい

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