たまゆらのなかのとわ

絵 声 共時性 日記

モッコウバラ

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今年もモッコウバラが咲きだした 我が庭のバラはこの世話いらずの「モッコちゃん」と

小さく仕立てる「小さいバラさん達」(商品名ミニバラ)

たいそうな名前はないバラさん 特別なセレブリティによる薔薇に込められたエピソードもない

だけども この世界のどこかで 野に咲く花同等に 誰かの人生の中に そっと咲き続ける

そんな空想をさせてくれる 




最近ではセレブリティ(以下セレブ)と言う言葉が 本質から逸脱して乱用されている

セレブがそこら中にいたら それはもうセレブではない

一時期の「カリスマ」と言う言葉も同様に流行ったが 以降 本質から離れ使用され

チープな響きを刹那に放ち 言葉の輝きは失せた


いわゆる「ブランドもの」に至っても 今や質屋にまで人が群がる始末

伝統あるブランドを身に付ければ 自分も一流になれた気がする錯覚 

お金で買える「一流」物に囲まれ心を満たす いや 本当は欲を満たしているに過ぎない


では知識を持とう 知識あってこその一流 教養は一流の証

と、まぁ底なしの欲望を虚栄心で満たす 浮世の常であります


そうして この美しい日本に居ながらも 心という名の欲を満たす事に人生は費やされ

物が溢れる世の中で 心病む人々の多きかな 心を持て余す人々の多きかな


モッコウバラは知るに至るのだろうか 

いや モッコウバラは各地で 全ての人々に微笑んでいる事だろう

自分はただの「モッコウバラ」でも不満など無かろうて

私も見習わねばならないと思う春の宵