たまゆらのなかのとわ

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裏庭の春

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実家のボロ屋があった所には 猫の額ほどの裏庭があって そこには紫陽花と沈丁花が植えてあった

沈丁花の根元には 誰が仕込んだのか 春先には紫色のクロッカスが毎年顔を出した

幼い頃 冬が去ってしまった後の楽しみだった

よくよく思い出すと 白い水仙もあった様に思うが 私の記憶にはこの 紫色のクロッカスが鮮明に残っている

クロッカスが顔をだすと 沈丁花の白とあの若いワインの様な赤とも紫とも言えない美しい蕾が解ける

やや肉厚の小さな花の集合体から放たれる香りは ひとめぐりの年のうちに記憶の奥にしまわれているが

また同じ様にめぐる季節に 何とも言えない寂しさの様な喜びの様な 春の日を呼び覚ます

幼い頃は 言葉に出来なかったが 言葉にできないが故に その喜びも深かった

きっと今よりももっと 春を噛みしめていた 

誰に言うでもなく 私は自分の中で春を独り占めし 何時間でもその質素な庭の春を見つめていた

日差しが温かく風のない午後などは ボロ屋の軒先に父が設えた縁側もどきに座布団を持ち込み

そっと自分だけの春たちに寄り添った 宝物を眺める様に 私は空想に浸った


あの頃の私の故郷はもう無い 土が持ち込まれ攪拌され新興住宅地に生まれ変わった

里山の雑木林も本当の小川も 小さな石橋も無くなってしまった

時々 夢の中で訪れるあの忌まわしいボロ屋が 今は愛おしくさえ想えるのは 

等しく巡る美しい季節が 私を育んでくれたからだろう だからこそ私と言う意識と体は

この次元に根をはり 生きる事が出来ているのだと思う 

いつか 私もあらゆる全てに還り どこかで誰かを育んでいる事を想って

きょうの春を仰ぎ 一瞬の中の永遠を視ている