たまゆらのなかのとわ

絵 声 共時性 日記 時世

書きたいことがいっぱい

書きたいことがいっぱい過ぎて 書けません(-_-;) 書きたい欲が限られた時間で制圧され満たされません

きょうは娘のことですが お付き合い下さると幸いです


この2夜 娘がお薬を飲まずに眠ってしまい(それはそれで私は眠れるので有り難いのだが)お薬の血中濃度が下がるので

発作が増えています 重責発作はやっぱり怖いです 

お薬は飲ませると言うより 本人が水分を欲しがる時に 飲みものに混ぜて特殊な方法で飲ませます

特殊な方法って!? 思わせぶりな書き方ですが 赤ちゃんの時の延長で 哺乳瓶で粉ミルクの中に混ぜます

お薬は非常に不味いので 色々と試しましたがミルクが一番相性が良い様です

で、特殊な部分と言うと 哺乳瓶の先の天然ゴム製の吸引口の部分を ストロー大に切り落とします

そこから吸うと言うより 口で上手に調節して噛み噛みしながら飲みます

もちろんゴロンと仰向けになって 私がその哺乳瓶を持ち 補助します 自分(娘)ではできません

夏場の水分補給は注射器(もちろんシリンジの部分だけ)でジュースなど飲めます



ここのところ疲れ安いのか 血中濃度が下がると発作が増えるので そのことで余計に疲れるのか

変なスパイラルに入り込んでなければ良いのですが 夜の分のお薬が飲めずじまいになっています

今朝は重責発作と長時間(20分以上)の軽い発作の合間に ミルクを欲しがったので一安心です



てんかんはお薬の成分をずっと体に巡らせていないといけません その為 一番気をつけているのが投薬です

娘は難治てんかん(レノックス・ガスト―症候群)なので それでも発作の消滅は出来ません

お薬をのんで 本当はもっと酷い発作の出現を抑えています

なのでお薬を飲むことが 娘の生活の中心と言っても 言い過ぎではありません

(これから他の病態は増えるようですが)



ここまで書いて 偶然訪問され読まれた方などは 生きている意味を疑問に思われると思います

ただ これはほんの切り取りです その合間に娘は音楽を聴いては微笑み 外出をしては

喜び笑い声をあげます 時々思いがけない反応を見せて 私たちを驚かせ 爆笑させてくれたり

お風呂では本当に気持ちの良い顔をします 「かわいいね」と言うと本当に無垢な瞳で見つめ返してくれます

私はその時 神様に出会っている様な幸福感を得ます それは本当に一瞬のことですが

言葉に表せない振動の様なものであります 



科学はそれを一種のランナーズハイだと言うでしょう

そして科学万能主義を受け売りする 世の人々は人間を数字で測る事を妄信しています

あたかもそれが科学的である様に 人間の価値を計ります



ただ 私が言えることは この私と言う存在の中にある記憶は かけがえのないもので

私は彼女(娘)の一部で 彼女も私の一部だと言うことです

人間は まぎれもなく繋がっています ブッダが視た「インドラの網」です

科学万能主義が犯した罪があるとすれば それは ・・・

知ることが出来ない人々を見捨てた事ではないでしょうか

そこからインドラの網がほころび 穴が開き バラバラと人が堕ちている・・・



この世が 必要なものだけで出来上がっているのなら 

私たち全てが元の元素に いづれ戻るという平等は どうなるのでしょうか

そのおおよそは 時間と言う紐の上で ここにある元素で まかなわれている訳です 

分母があって分子があるのです 



それに消えた元素は 不必要だから淘汰されたと認識するのは 時間枠に閉じこもった考で非科学的です

消えた元素があって 今があると 私は思います



また 娘の投薬の日々を経験しているからこそ 私は科学(数)では説明できない領域を知る事ができます

そしてこの世はそうした カウント外の存在に支えられ今があると思います

そこに神様が見えない秘密があるのではないかと思えて仕方がありません


言いたい事が伝わっているか 私の頭と文章力では心配ですが 書いてみました