たまゆらのなかのとわ

絵 声 共時性 日記 時世

アンチ・カルマ論

私が人生に起こりうる事象について 考えるようになったきっかけは 人の何気ない差別心からです

こんな事がありました

顔に大きなアザのある女性がいました その女性のことを近所の女性たちは
「あの人は前世で悪い事した印がついてるねんで」
年配の方も子どもにまで そう教えていました 

アザの女性自身に きっとこの事は耳に入っていると思います
本当に気の毒でした

なぜこんな仕打ちを受けなければならないのか 不思議でなりませんでした

そうして色々な本や宗教の勉強をし 人の話しを聞き 私は探求していました

しかしそのいわゆる「自然悪」 を探求すると 前世での行いと言う部分に行きつくのです
巡り巡って 元の差別心に戻った訳なのです

宗教の中には こういった差別を肯定する考えもあります

ヒンズー教などはカースト制度に観る様に 努力では変えられない身分という仕切りがあります
前世・今世・来世 という考えにはロマンもありますが その論には限界と言いますか
矛盾も存在します

カルマを超えることが容易ではないからこそ そこに有難味を感じるのでしょう
支配欲の深い人間がそこに目をつけ 人を支配した事は否めないと思います

宗教とはいつの時代も 人々の不安を苗床に生まれている様に思います

現代の自己啓発的考やスピリチュアルも そう言った流れから影響を受けていると思います
スピリチュアルに至ってはそのピカピカ善人のイメージの中に
カーストに観る 優劣思想がぎっしりと詰まっています(高次元だの低次元の霊だの天使だの)

色んな方の本を読み 自分は悟ったつもりでいる 神秘的な事を信じたいあまり 自分の頭で考える事 感じる事を放棄した人達が群がっています

そして決定的なことは こうした宗教や自己啓発・スピリチュアルの類の思想には
その根本に「罪悪感」を植えつける心理システムがあると断言します

支配する側と言うのは 自分の頭で考える人を一番嫌います

支配などと言って 大げさかも知れませんが これは夫婦間にも存在する 人間欲の一種です
人を支配したがる人 支配欲の強い人は 人を思想という枠にはめたがります
そして罪悪感を植えつけ自らを優位に立たせコントロールします

生きていれば良い事も悪い事もあります 悪い事が起きればいわゆるカルマ論等を持ち込み
罪悪感で縛り 良い事が起こればそういう思想のお陰だと吹きます(占いと言う統計学もその節がある)
そうして人をある種満足させ 支配し 信者を介して増強しようとします

そして思想間の争いが起きます

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きょうは文章に出す事が 本調子ではないのですが きょう どうしても書きたかったので
がんばりました

病気などで苦しんでいる 特にその状態が悪いほど(自然悪に近いほど)どうして自分が 自分だけが
と言った考えになりがちです

その苦しみから逃れたいことを否定はしませんが 
世の中にはこういう人の弱みに付け込み 我欲を満たせる事を好む人がいます

弱みは欲になり 欲と欲は相性が良いのも 人の世の常であります

思想という「道」に入ることは自由ですが 思想を独善的に振りかざす事が
世の中にどの様な結果をもたらしているかは 歴史がその証人であると思います

人は老い 病み 生まれ死す存在です
その事を いい加減人間は 受け入れなければいけないと
私は思います

病気はあなたが悪いのではありません それがあなたです 素晴らしいあなたです
そういうあなたを愛してくれる人は沢山います