たまゆらのなかのとわ

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本当の姿

「時に いや常に有名人とは 本人の良い所の切り売りである」



私は正直な人が好きだ 虚栄心に富む人物が多い中 何事にも真っ直ぐで 欲もシンプルだし

自らの過ちに対して謙虚で 素直だ そして人間の基本である「ありがとう」と「ごめんなさい」を的確に伝える事が出来る


正直でいること自体 今では勇気が必要になっているし 正直であることは一種の覚悟でもある

こういう方々は本質を必要とし 正に虚栄は不必要なのだ


また 本質(これも怪しいが)をサンプルとして掲示し 自らの虚栄心を満足させる自信家は

何れその正体を見透かされる事になる 安っぽさが要所要所で見え隠れしている事に 

当の本人は気付かないのである これは悲劇であり その傾向は配慮されるべきであろう

そういう方の特徴は 影響されやすく 自分の思考が少ない あたかも外からの知識でもって

自分は悟ったと錯覚している初(うい)若者の様でもある

人生での苦労はもはや「武勇伝」や「博(はく)」と言う名の知識であり 「徳」とは程遠い


もちろん私の言う「正直な人」とは人間性を探求する姿勢を指している


正直な人は 自らの痛い所に触れられても メンツよりもその本質は止まぬ探求なので 過剰な反応はない

相手の意見に耳を傾ける いわば「のびしろ」と言う「寛容」を自然に発揮している 


人物の本当の姿を見透かすのは容易ではない なぜなら人も無常の中の存在だからである

それでも自分の中に「博愛」の精神を持つ事は ロマンであり 情緒であると思う


時に人は有名人に心酔する がそれは その人全てを知っての事ではなく

あくまでその人の良い所を見せられているという事実を 認識する冷静な目を持つべきだ


そしてそれは相手に対する思いやりでもあると思う