読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

たまゆらのなかのとわ

絵と詩  文 音楽 本 在りのまま 

https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/51ZEUofG-rL._SX351_BO1,204,203,200_.jpg

数十年前に手に取り あまりの描写力に途中から読めなくなってしまった

あまりにも有名な 安部公房の「砂の女

映画でも途中から見れなくなった作品は多い 人からすると信じられないかも知れないが

映画ハンニバルを観た時 一週間くらいショックが取れなかった

当時 私は30代後半・・・

今は随分平気になったが 

この砂の女も もうそろそろ読み切れると思う 

人生が進むにつれ 色々とショッキングな出来事や 忍耐を要する場面も増える

いつまでも少女の様に アルプスのハイジみたいに そして 赤毛のアンの様な世界に住みたいが

そうは行かない 生きるとはリアルなのだ 


きょうであの日から6年が経つ あの日東北から離れた我が家では

その数週間前から 娘の状態が悪かった 難治てんかんの発作が酷く 大発作がない時間も

娘はほぼ1日中泣き叫び 柱や壁に頭を打ち 私も娘も疲弊しきっていた

こういう言い方が一番近いのであえて書くが 娘のそれは錯乱に近かった

部屋の時計が止まってしったが 電池を交換する余裕も無かった

その日 もうこれ以上この状態に耐え切れないと思った そして私は何気なく夫にメールを送っていた

地震でも来るのかな」 実際台風の前などは娘の発作が増えることが多かった

毎年木の芽時から夏至までも発作は増える

と、その時が来た ここでもかなりの揺れが来た その恐怖が終えた時

疲れ切った娘は すやすやと眠り始めたのだ 数週間ろくに睡眠もとれていなかった

娘は眠り続けた その日を境に娘の狂乱はピタリと落ち着いたのだ(平常の発作はあったが)

その後私は 東北の状態に目を疑った・・・数日はその有様に涙しない日はなかった

数日後 少し落ち着きを取り戻した日 止まった時計の電池を交換しようと思い立った

そして私は時計が差し止まった時刻を見て ドキっとした 

時計は2時46分で止まっていた



この世には どうしてだか こういう偶然が存在する

時系列を超えて 人の情念は溢れ出すのかと 私は想いを馳せる

そしてただ 何かにひれ伏し 鎮魂の念を抱く

今年もその日が来た