たまゆらのなかのとわ

絵 声 共時性 日記

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カーソンの「沈黙の春」を読んで以来 
教育とは何かを考える

私たちは最終的に学校で 人間社会で生きる為 お金を稼ぐ方法を学んでいる
そこは優劣を競う場所で ピラミットのどこまでに登れるかが重要

極論だけど 多くの人はその虜だと言っても言い過ぎではないはずだ
実際 生きるのにあの紙切れがないと死んでしまう

そこまでに人間は堕ちてしまった

あの食べれない紙切れの為に 皆 心も売る
例え五体満足に生まれ堕ちても 生きにくい社会を人間は作った
得られない苦しみに 自ら死んでゆく 五体満足なのに

地球はこれほどに生きろと言っているのに
その声に耳を傾ける人は少ない 

傾けたくても もう私たちは中毒患者なのだ 
どこからどう断ち切って良いかさえ判らない

ここは堕ちた天国で有頂天 バビロンの明りが消えるまで
バカ騒ぎは収まらないのかも知れない

人間は精神を持て余している
それだけはこの数千年の歴史を振り返っても明らかだろう