たまゆらのなかのとわ

絵 声 共時性 日記

宗教と信仰心

宗教の自由は認められている 人様の信仰(宗教)をどうのこうの言うのも趣味ではないが

もし言わせて貰えるならば どうして彼等はそっとしておいてくれないのか どうして他を否定し

己の信ずる神のみぞが神と言うのだろう それが真実だからか?

ではなぜ神は沈黙しているのか その神様という全ては 善を支配し謳いながら殺人を許しているのか?

きっと彼等にはその「??」も美味しい材料・・・疑問こそ入り口と考えているだろう

私が個人的に判断するのは その歴史が私に鬼の首を見せるからだ

人は必要以上に群れてはいけない気がする そう考えると宗教=国家なのかも知れない



若かりし頃 とある新興宗教に片足を入れかけたことがある

その経験から思うのは この宗教という概念が支配する側にとって 如何に美味しいかである

誠実で素直な信頼のおける人々が 教祖(発案者)を慕い崇め尊敬し 更に富まで運んでくるのだから

頭の賢い人間の頭脳がはじき出した答えなのだろう(あ、言い回しが被っているかも)

宗教とまでは行かないにしても そういう類の市場で稼ぐ方の中には 高学歴・経済学出の方をよくお見受けする



半面 「信仰」とは個々それぞれが持つべきものとも考えている 宗教はノーサンキューだが

信仰心は必要である 宗教者からするとそれはワンセットなので さぞこの考えは矛盾に映るだろう


私個人の信仰心とは・・・それは秘密です

夫とはそれを共有しています そしてその信仰心は時折 現実を超える現象を生みます

大いに謳っている ホニャララの法則とか ホニャララの原理とかではありません



で そんなこと書いて 障がい児授かったんでしょ? 辛い現実もあるんでしょ?なんて

ぶぶっって笑う方とは 価値観も次元も違い過ぎるので それこそ話す価値もありません



人生の成功とは何か そもそも成功する為に生きているのか この言い方はあくまで

自分の人生を外から見ている人へです

自らの夢を追いかける(中身の質の問題)志は それ自体が信仰心にも等しいと思います



尚 きょう書きました内容は 特定の方を指して発信しているものではありません

日々 思い 考えていることを 書き出しているだけであります 


神様とは己の中にある(いわゆるキリストではない)と信じています

きょう あなたはどんな奇跡を起こしますか? それは語り継がれる壮大な物語でないと価値がありませんか?

いいえ すぐ目の前にあると思います