たまゆらのなかのとわ

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アーミッシュの人々

世界でアーミッシュの方々の数が増えていると聞きます
彼等ならこの世で如何なる破壊行為や自然悪が勃発しても
生き残ることは可能だろうと思います

一方

こちら側の人間は アーミッシュのことを都合良く認識している部分も否めません
(例えばアーミッシュの子の中には自閉症が皆無だとか)
どこまでもこちら側の人間は その美味しい所だけを見つけるのが得意です
とあるサイトではアーミッシュ風の服を販売していて (アーミッシュ風ワンピと謳っている)
悪意がないどころか 日本人の彼女らは七五三の晴れ着を着せられた幼女の様な笑みを浮かべ
写り 並んでいました
これには私も少しからづや同調の気持ちを感じました


彼等が守る生活をどれだけの人間が実行できるかは疑問です
もちろんそれは自分も含めてであるのですが 証明はできないのに言っちゃうと
私は自信があります(笑)

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/7/7b/Lancaster_County_Amish_02.jpg
[wikiより]

映画でも時々アーミッシュらしき存在が描かれていますが
それらはどれも否定的な目線であった様に思います

実際にアーミッシュの方々を標的とした事件も起こっていた様です
以下wikiより

2006年10月、ランカスター郡の小学校に「神を憎む」という男が闖入し児童や教員を銃で殺傷する事件が発生し、13歳のアーミッシュの少女が 自分より小さな子供に銃口が向けられた際身代わりとなって射殺されその妹も銃撃された。その後彼女らの祖父は犯人に恨みを抱いていないことを表明し、犯人の家族を葬儀に招いた。町田宗鳳はアーミッシュの伝統を重んじる信仰生活が決して形式的なものではなかったと評している。



彼等はきっと 生きるには正と負そのどちらも抱かねばならないことを
知っているのではないかと思います
この感覚はお子様がおられる方には 案外理解しやすいかも知れません
今時の子育ては「投資と回収」になっている部分も否めませんが 
我が子がどうであろうと 親ならば愛さずにはいられないからです

それとこれとは別だという声も聞こえます
そのアーミッシュとやらは狂っているとお考えになられる方も多いでしょう

しかしながらこの私たちの「生」もその実態は多くの命の犠牲の上に成り立っているのではないでしょうか
言うならば「罪」のない人間などどこにもいないのです

言葉で説明するのは本当に骨が折れます 言葉には限界があるのですが
私はその限界まで駆使することを理想としているので
がんばりたい限りなのですが

きょうも これまでに
いつもお読み下さっている方々 ありがとうございます
押忍!←意味はありません気合いを入れる為です(笑)