たまゆらのなかのとわ

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私の一片

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うちのチワワンコです 彼女はペットショップで大きくなり 売れ残っておりました

そのすじの業界の闇は 色々と噂で聞いておりますが 今回はそこを ぼやかずにいたいと思います

以前から家族に犬を迎えたいと願っておりましたので あの日の出会いを無理やりにでも「縁」として

美しく位置づけたいと思います

そして 決して売れ残りワンコを引き取ったみたいな 善人面はしないでおこうと思います(笑)

チワワの中でも イザベラフォーンという色で 栗の甘皮の色という意味らしいです

アルビノまではいかないにしても 色素が少ないのか チワワらしくない風貌であります

そして他の子たちと比べて 病弱ともありましたが 今のところ元気な女の子です

そんなこともあって チワワの中でも不人気なのだと思います


さて アメリカが揺れておりますね 

日本では大戦後 それまで世間の階層では底辺に近かった 大多数のいわゆる「小作人」層が

GHQの農地解放により 土地を得ることができました 

赤い国からの平等思想とも混ざり それまで日本の秩序を守っていた 暗黙の階級社会が表向きでは

壊れた訳であります 

利他主義が美学であった日本人は これを境に 利己主義(個人主義)へと一気に傾倒していったのではないでしょうか

その個人主義の上に成り立ったと言っても過言でもない 移民国家アメリカが揺れに揺れております

彼等には建国さえも 刹那的であったのでしょうか 


さてさて 私事なのですが そのアメリカの英知の結晶(皮肉です)の後始末をしている者の末裔であります

なにやら奥歯に物が挟まったような 言い回しですが

ようするに「被ばく二世」であります

我が先祖は汚された地を耕し 生きながらえてきました 

現代が平和になったと思える方々は 本当に幸せであります 何故なら我が血脈にはしっかりと

刻まれているからです 今も そしてこれからも 

この刻印が消えるには 幾年が必要なのかは 誰にも解りません


さてさてさて 「人工的」とか「不自然」という言葉がありますが

私などはこの言葉の持つ境界を思い いつも悩んでしまいます 何故ならこの人間も大自然から派生したからです

人類が持つ記憶を遡ったとしても 私たちが認知出来る領域は知れています

その人間が言う 不自然や人工的という 人間自らを否定した様な意味で使われる思考が

私の中では解せずにあります

太古の昔も そして今も 人が認知していない領域は沢山あると思います

想像するに その中には ある生き物にとっては 物凄く有害(この場合命を脅かす)な物質が沢山あって

私たちは知らずに そんな危険な中で安全だと思い込んで生きているのかも知れません

生物の中には 人間が関与しない領域でも 異型が生まれる事があります

私たち人間も 時としてその現象を目の当たりにすることがあります 

健全な両親からも その異型がひょっこり生まれる場合があるのも事実です

思うに そうした超自然的な現象に 人間心(善悪思想)が関わると いわゆる「不自然」という無責任な発想に至るのではないでしょうか

きっと生物はそういった超自然的な中 淘汰され 今があるのではないでしょうか

個人主義という狭い思考では到底理解不能であると思います その全体を想う時 私たちは本当の意味でワンネスを理解しうるのではないでしょうか

そう思うと この今の不条理と思しき事象も 今現在の私たちからしたら とてつもなく耐え難い事象も

そして何よりもこの今も その淘汰の歴史の上に成り立っているのではと思えるのです

そして 人間欲に塗れた善悪の思想が 独善的に語られる次元では

私たちの世界 人間界が平和を実現することは まだまだ難しいと強く感じます

光ばかり食べてはいけないのです 前途に記したような異型とも思える変化や事象を受け入れ 愛することができたら

全ての人間に平和がやってくるのではなかと思います

明日は我が身と 脅えながら生きなくてよい 安心して老い 病む(好き好んでではありませんが)平和な世界です

人は誰しもが老い 何処でどう病むとも知れない存在なのは事実なのですから

そんな視点から 我がチワワンコを見つめる時 なにやら万感の想いに浸る瞬間があるのです 


だらだらと長く書いて きっと誰も最後まで読んでないと思いますが 

幸せを外へ外へと探しに行っているうちは 青い鳥は見つからないと思います

人を愛することも 自国を愛するのも 理想が見いだせなくなれば捨てる それも私は宇宙の範疇であると思いますが

私自身の美学と言いますか 理想は この土地が如何に汚れようと 愛する人が如何に変貌しようと

愛しぬくことが自分自身の幸せだという信念を持っていたいものです

今この手に平和をみることがなくとも 永久なる未来の誰かが笑っている そんな風景に想いを馳せるのです

その為に人間は精神と言うものが発達しているのではないでしょうか

隣の嫌な奴にムカついているうちは 本当の平和は未だ遠い遠い果ての様な気がします



最後までお読み下さった 気概のある方がいらっしゃったら

感謝申し上げます















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