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たまゆらのなかのとわ

絵と詩  文 音楽 本 在りのまま 

映画

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数年前に観た映画です

明細は少し曖昧になっていますが ヒンズー教圏では 障がい者の社会的位置は酷いものであります

前世で とんでもない行いをした者として 公の差別が許されています 

馬頭罵声は当然で そう扱うことがその人のカルマを浄化させるとまで 信じられています

この映画は そんな盲目の子ども達が主人公であります

障がい者は チャレンジしてこそ認められる といった風潮は少々好みではありませんが

障がい者の中にも 健常者同様にチャレンジしたい人もいるし マイペースに居たい人もいると思っています

この映画の子ども達も 純粋にただ自分の力を試したいのだと思います

同時に「賛否」という現代のジャッジ的思考も 私は好みません 

その「賛否」に対し同意を求める行為も好みません 

で 好みません 好みませんて 別に壁を作っているのでもないのですが

話しの流れで 書いてしまうと

以前にも 「詩」としてしたためましたが

人間欲の中には 何にでも意味や理由をつけないといられない という分野がある様に思います

数式の様に答えがないと いたたまれないのが人間の性ではあるとも思います

(数学の世界も未だ途上ではありますが)

自分に起こる事象を 無条件で受け入れるということが どうやら人間には

とても難しい事の様であります それが不条理ということで ブッダの言う「苦海」の意味でしょう

しかしながら この映画の子ども達の様に 自分の置かれた状況をただ

受け止めるしかない そして 幼いながらも全てを受け入れ生きている人達もいるのです

それを「カルマ」と言い切り 高尚ぶって論ずる いわゆる現代のスピリチュアルも

ハッキリ言って好みません

どういうものを どう信じようと個人の勝手であります

が いわゆるその類の宗教やスピの方には その思想を他社に強要する傾向にあることも

否めません そしてその意識の中には 自分は知っているという上から目線を

ハッキリ感じ取る事が多々あります

そして 結果 その思想の軸にあるのは 精神性の高い・低いと言った優劣思想で

いわゆるヒンズー圏の カーストさながらの 実に人間臭い内容なのではないでしょうか

ちょっと 暑く語っていますが 私自身 目に見えないものは信じております

現代科学で解明途上と思しき経験もしております

映画のタイトル「ブラインドサイト」という分野も 信じているし 毎日経験しています

人間が作り上げた 思想という枠が どれだけ個人の領域を狭くしているかも

いつも強く感じます

この盲目の子ども達のチャレンジを 無条件でただ共感できる人は

本当に自由な人だと思います

本当の精神世界というものがあるのなら そこに理由や意味を見出すことが

如何にナンセンスで 有限で どうでも良いことかと

感じるくらいのもので在って欲しいと強く思います

あなたは 自分に起こる不条理を 受け止めることができますか?

私は そんな子ども達を 沢山知っています

彼等こそ 生き神様で 涅槃の境地の人たちであると

私は断言します












誤字脱字チェックしておりません 
読みづらい場合がございましたら 
お許し下さいませ

ae