たまゆらのなかのとわ

絵 声 共時性 日記 時世

カンカンと王冠

ちょおどよいカンカンがあったので

ビイルの王冠を入れたよ

カラコロ ぺけん カラコロ ぺけん ぺけん

カラカラカラ 

カラカラカラ

カラカラカラ



カラコロ ぺけん カラコロ ぺけん

カラカラカラ

カラカラカラ

カラカラカラ


カラカラカラ



水色だった南の窓が

グレイになって

西の窓の

夕焼けはお休み



カラカラカラ カラコロ ぺけん

カンカンと王冠が

楽しい 楽しいと言っている

お母さんに 教えてくれる



今晩はハンバアグだよ



カラコロ ぺけん カラカラカラ

カラカラカラカラ

カラカラ カラ



おかっぱ頭の襟足の

きゃしゃな首すじはうつむいて

カラカラカラとカンカンと

ビイルの王冠が

なっている

南の窓はもう 青黒く

橙モザイクの灯りを映して


















https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/51ZEUofG-rL._SX351_BO1,204,203,200_.jpg

数十年前に手に取り あまりの描写力に途中から読めなくなってしまった

あまりにも有名な 安部公房の「砂の女

映画でも途中から見れなくなった作品は多い 人からすると信じられないかも知れないが

映画ハンニバルを観た時 一週間くらいショックが取れなかった

当時 私は30代後半・・・

今は随分平気になったが 

この砂の女も もうそろそろ読み切れると思う 

人生が進むにつれ 色々とショッキングな出来事や 忍耐を要する場面も増える

いつまでも少女の様に アルプスのハイジみたいに そして 赤毛のアンの様な世界に住みたいが

そうは行かない 生きるとはリアルなのだ 


きょうであの日から6年が経つ あの日東北から離れた我が家では

その数週間前から 娘の状態が悪かった 難治てんかんの発作が酷く 大発作がない時間も

娘はほぼ1日中泣き叫び 柱や壁に頭を打ち 私も娘も疲弊しきっていた

こういう言い方が一番近いのであえて書くが 娘のそれは錯乱に近かった

部屋の時計が止まってしったが 電池を交換する余裕も無かった

その日 もうこれ以上この状態に耐え切れないと思った そして私は何気なく夫にメールを送っていた

地震でも来るのかな」 実際台風の前などは娘の発作が増えることが多かった

毎年木の芽時から夏至までも発作は増える

と、その時が来た ここでもかなりの揺れが来た その恐怖が終えた時

疲れ切った娘は すやすやと眠り始めたのだ 数週間ろくに睡眠もとれていなかった

娘は眠り続けた その日を境に娘の狂乱はピタリと落ち着いたのだ(平常の発作はあったが)

その後私は 東北の状態に目を疑った・・・数日はその有様に涙しない日はなかった

数日後 少し落ち着きを取り戻した日 止まった時計の電池を交換しようと思い立った

そして私は時計が差し止まった時刻を見て ドキっとした 

時計は2時46分で止まっていた



この世には どうしてだか こういう偶然が存在する

時系列を超えて 人の情念は溢れ出すのかと 私は想いを馳せる

そしてただ 何かにひれ伏し 鎮魂の念を抱く

今年もその日が来た

誰も知らない

その人の 見える光が多いなら


内なる闇は 漆黒よりも黒い


人知れず 闇のお布団を 被せられるが


私にはそれを どけることが出来ないのです


痛覚がないから これはお人形


スカートなんか破っても悪くない


心は痛まない


これは本当に排便し 血が流れるお人形


見えぬ心は バレないと思っている


人目に触れない場所で 日々 罪は積もる


さぁ 見て下さい 私はこんなに善人なの


人の作る闇は 暗すぎて 中身は


誰にも見えない 


誰も知らない


勇気ある善人が叫ぶ 「闇の中に人がいる!」


見えぬのだから 寝た子を起こすな


テレパシーが働く


小手先のニューマ二ズムなど


太刀打ちできぬ 黒い闇から 


鬼の首を差し出そうが それらはいち早く


埋められ 誰も知らない


担い手が埋め 或いは親が埋める


埋められた場所も 何時しか忘れ去られ


もう 誰も知らない















1人では生きられない娘を残して



未だ観ることが出来ない映画です

人は誰しも老い 病み 死す存在です

私の言い回しの意味をお解り頂けると幸いなのですが

安心して老い 安心して病める 安心して死す そんな社会をつくることは

決して不可能ではない なのに人間は本当の不可能(言うならば神の領域)を

可能にすることばかりに夢中だ

人間が足る事を知り 人間を全う出来るまで どれだけの時間が必要なのか

私にはわからないが 己の人生に照らし合わせた時

その希望の丘は未だ幻であります

私には 娘を この社会に残して行く事が出来ないと思う

死は誰にでもやってくる その死に方や生きた時間をも計りにかけ

幸不幸を決めることを 人間がしなくなった時

やっと希望の丘を目指すことが出来るのではないかと思います

猪木 対 アリ

うちの猪木(娘)ですが今月11歳になりました 春から6年生ですがまだまだ体が小さいし お顔も下膨れで赤ちゃん気がぬけません

それでも顔が小さく手足が長い(これは一般的に容姿に対する褒め言葉ですが)のにお顔が幼いので

何と言いますか やや特別な感じで まぁ悪く言うと異質なのですが 親の目からすると「妖精」みたいで

ファンタジー映画にでも出てきそうな感じなんです

色が白くて その白さはあのソメイヨシノの白さなんです 発作時は青い白 紫がかった白になります


話せないので 苛立ったりすると叩きます それがあの白魚の様な手なのに 痛い 痛いんです

何処を叩けば一番痛いかを この数年で学んだのか 的確なんですね

それと強力なのは 頭突きです (涙)あなたは大丈夫なの???と思うくらいに凄いんです

幾度となく吐きそうになりましたし 目にパンチをくらったり 指をぐにゃりとやられたり

それはもう最強なんです

叱って理解するとか 説明して理解するとかのレベルではないので どうにもできません

攻防は 予測あるのみです それでも私がよけると 今度は柱に壁に頭突きをします

怒りがMaxに達すると 所かまわず頭突くので(自傷ですね)危険です


四六時中という訳ではないのですが これは結構キツイです

猪木 対 アリじゃないですが 同じ場所を叩き続けられる事もあります これは不思議と

ある一定間叩き続けられると痛く無くなってくるんです そうすると娘もだんだん飽きてきます

でも翌日が怖い そのダメージはまさに猪木の如くです アリ(私)の足は腫れあがってます


発作のことや そういう暴力のこともあって 他にも理由はありますが学校には行っていません

状態がまちまちで 多動傾向にあるクラスに在籍していましたが 先生の負担はそれはそれはもう・・・

そんな中 安全をお願いしますとは 大変さを知っている私には言えませんでした


きょうはそんな娘の一面を書きましたが あらゆる日常の当たり前にできる事を削り 

今は娘との生活が 特別ではない当たり前になっています (叩かれることも)

夜も眠れない日々が数年続きましたが 今は八割は朝まで眠ってくれます

もちろん目は殆ど離せません(発作で倒れる・足が悪い)発作時は時々ワンコが教えてくれます

ここの記事は書いては保存して 少しずつ仕上げています 絵もです 詩はスマホにメモリます


心配と言えば これからの成長と共に増える病態です 予後はその状態により個人差があります

前例がない そのことが一番不安です

次男も今年は進学します 地元の中学ではなく支援学校です 発達障がいも個人差があるので 前例に頼れません

余暇を楽しむお母さま方が年々増えて来ますが 私にはこの子達と共にあることが幸せです

幸い私も精神が中2な部分があるので 案外対等に楽しめてます

アメリカのアニメ(スポンジボブとかアンクルグランパとかガムボール)観てマジ笑いしてます

娘は音楽も好きなので 一緒にCD(フレディからキャロルキング ヒップホップに童謡)も聴きます

モーツアルトより~バッハが好き~ ふぅっ! とか

本 そして映画 ゲームは最近見るだけ たまのドライブや湖岸の散歩です

もっともっと楽しみはあります 庭に来る鳥さんや そのさえずり 雨の音 風の音 

書ききれません もちろんネットの世界も楽しみです 自分の買い物は殆ど通販です


時々精神的に負荷が増えることもありますが この子達が進む道を思う時 

私の苦痛など比べものになりません だから悩む暇などないのです 有り難いことです


子どもを授かる時 悪い事は考えません もちろん健康なことが望ましいのではありますが

命を授かると言うことはその逆もあるという事実を 私は子どもの頃から身近に感じて来ました

ここで多くは語りませんが 在るがままを受け入れる事は 決して難しい特別な事ではありません

邪魔をしているのは 私たちが当たり前と感じている価値観であると思います

我が子に限らず 愛すると言うことは 人間が人間で在る理由ではないでしょうか

愛する時 苦しみは不思議と消えます そういう時私は 自分の命も身近に感じる事ができます

生きているのだなと

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カーソンの「沈黙の春」を読んで以来 
教育とは何かを考える

私たちは最終的に学校で 人間社会で生きる為 お金を稼ぐ方法を学んでいる
そこは優劣を競う場所で ピラミットのどこまでに登れるかが重要

極論だけど 多くの人はその虜だと言っても言い過ぎではないはずだ
実際 生きるのにあの紙切れがないと死んでしまう

そこまでに人間は堕ちてしまった

あの食べれない紙切れの為に 皆 心も売る
例え五体満足に生まれ堕ちても 生きにくい社会を人間は作った
得られない苦しみに 自ら死んでゆく 五体満足なのに

地球はこれほどに生きろと言っているのに
その声に耳を傾ける人は少ない 

傾けたくても もう私たちは中毒患者なのだ 
どこからどう断ち切って良いかさえ判らない

ここは堕ちた天国で有頂天 バビロンの明りが消えるまで
バカ騒ぎは収まらないのかも知れない

人間は精神を持て余している
それだけはこの数千年の歴史を振り返っても明らかだろう

貧すれば鈍する

という言葉がある 

私の住んでいる所では病院には不自由がない 市内の大きな総合病院は 
礼儀のない若い研修医等が 患者に顎で指図する有様だった

私は何時からか 地元の小さな診療所に診てもらう様になった 
どれだけ設備が不足していようと 心の貧しい医者には診て欲しくなかったからだ

私と同世代の先生は患者の話しをよく聴き そして答えてくれた
たわいのない世間話にも耳を向け 簡素な住宅の一室は昔ながらの地元の医院といった印象で
郷愁すら感じた

地域には小児科も多かったが この診療所はその穴場的存在だった
どの医者も すぐ目の前には座っているが その距離は遠く感じる方が殆どであった
それが医者たるが如くに

評判は評判を呼び 診療所を訪れる患者が増えたのだろう
そして先生自体 その必要性を感じたのだろう 
数年後 その簡素な診療所は先生一家の居住も含めた 白く大きな診療所に成長した

簡素なセンスは引き継がれ ビジネス化する医療シーンで
過剰な宣伝や装飾的なデザインを施される医院が多くなる中 
私の中でのこの診療所に対する信頼を損ねる要素は この時点では心配なかった


お金は人を変えるということを聞くが その実例を目の当たりにすることは
それなりに悲しいものだ

忙しいとは 心を亡くすと書く 
機械的に変貌した先生は 以前の先生の形はしているが そうではない別物に変化してゆく
患者を数秒いや数分でさばくたびに チャリンチャリンと音が聴こえているのか

それでも他の病院の無礼さに怒りを感じることを思えば ここは良い穴場なのだろう

人は何を失えば鈍感にならざる負えないのか 
私はその生い立ちから 人が持つ肩書と言うものの匂いに鈍感だ
いや かえってその肩書がいわゆる世間ではもてはやされるほど 立派であるほど
無条件に 反射的に嫌悪感すら抱く

その条件反射を一蹴するはずだった 先生への信頼は 始めの印象が良かっただけに
怒りを通り越し 悲しみを感じるほどに崩れた

いやそれとも私は その肩書に重すぎる期待を持ち過ぎたのか
きっとそうだ 医者であろうと人間なのだ 
先生も心を軸に仕事が出来れば嬉しいはずだ 
だが全てにおいて今は数だけが先生を支配している
それだけのことなのだ

以来 その肩書に過剰に期待をすることはなくなった
それは悲しいことなのか それとも悟りに近い現象なのか 私には解らないし
そんなことはどうでも良いことだ

要は相手がどうかではなく 自分はどうかなのだろう
例え社会的に立派な肩書を 相手が背負っていようと 私はその人の奥を視るだけなのである

いつか光る何かに出会うことを 諦めない様に