たまゆらのなかのとわ

絵 声 共時性 日記 時世

ぐだぐだくだらないですが

昨日書いた記事について考えています

私の言いたいことが 伝わっているだろうかと


「苦」に直面した時 その強弱にもよりますが それぞれに受け捉え方があると思います

その過程で何かしらの思想に行き着き そうした場合に新たな差別と言いますか

そういうものが発生する様に思います (いわゆる因果応報)特にスピリチュアル志向の方は

間違った事の結果が 例えば病気だったり障がいだったりとして現れるのだと言う

一種の自己責任論に行き着くのではないでしょうか(その反対で高次元の存在だとか魂のチャレンジャーとか)

そうでなくても 前世や来世と言う考えには落とし穴があります

かつてのカルト教団 そしてテロ組織にもそうした価値観が大いに働いていました

wikiより 苫米地英人さんの見解
2000年代半ばのスピリチュアル・ブームを繰り返し批判していた。一方で仏教に詳しく[53][54]、日本仏教やインド密教との関係が深く、気功については情報的存在であると語る。また、輪廻転生に関しては、テロリズムなどを助長するなどの点から、本人が本気で信じていても主張してはいけないと批判した。
カルマという概念は、突き詰めれば殺人を肯定するポアのような行為にも繋がり、魂の階層性については、絶対的な差別で受け入れてはいけない考えで、語るべきではないと主張する


極論であって一般人はここまでにはならないだろうと思いますが

私が言いたいのは ご自分が信じる思想で決めつけて世間をみていらっしゃる方に時々遭遇します 

ブログだけであれば勝手にやれば良いと思います 自分の境遇を受け止める為の手段ならば誰も阻止は出来ないと思います

だけどもそういう思想(特にスピ)の方はそれを黙っていられない 他人にもそれを言いたい

そして同じ認識を持たせたいという二次的欲求が起こっていると思います

仲間を増やしたい 承認して欲しいと言った過度の欲です 

私はこれらから 初心から逸脱した人間の「欲」を感じるのです


実際嫌な思いもしました

ae7chu.hatenablog.com

台風の翌日は景色が美しい それは空気がきれいだから

ae7chu.hatenablog.com
ae7chu.hatenablog.com

今回の台風は風が凄かったです 

以前 少し交流のあったスピリチュアルの方のブログを時々覗くのですが

その方は台風がお住まいの地域をそれると 私がここに居るからと言わんばかりで

直撃して被害が及ぶと 陰謀組織が私を狙っていると言われます・・・

何だか 私が言及することは無い様に思います

もう交流はありません 彼女はそれを生業にしているので 言いたい事はありますが

(心霊商法紛い)←あ、言っちゃった・・・でもそれは彼女が住む世界です


火が水で消える様に この世界には一定の法則があります 自然の猛威もそれらが発生する法則があり

人間活動がそれらを誘発することもあると思います

事はそれ以上でも以下でもないと 私などは認識しております

ですので 自然現象(この内人間が猛威と認識するもの)は いわゆるその筋(どの筋だよ)の方々が言う

神の怒りや 神による浄化と言った これまた苦の上塗りの様な認識にはかなりの抵抗感があります


何度も書いていますが スピリチュアルの方々におごりを感じているのだと思います


人間が言う「自然悪」を無条件で受け入れられない 人の性(さが)がそうさせるのだと思います

また「ただでは苦しめない」という 人の強欲さでもあると思います

この世の「苦」(ここでは自然悪)が受け入れられないのです ただ(無益の意味)では・・・・


人間は弱いものです 弱さ故知恵をしぼり生きて来たのだと思います

心情は理解出来ますが 目の前の現実は理由を付けても消えません 

魔法など無いのです


それらは受け入れて初めて そこから何かが生まれるのだと思います 



遠藤周作の「沈黙」を読み感じました

神とは己の中にあって 私たちはその神を具現化できる存在なのだと

神とはもたらされるものではなく 私たちがもたらすものであると思います


桃の樹がその実をもたらす様に

蜘蛛糸が光っとるの

自分のためだけに生きていると

あれもこれも 

払いのけねばならぬだろうて

しんどかろう


奇を衒って数を稼いでも

心は直視できずじゃの

寂しかろうて


腸までも売りに出したとて

その数も限られているだろうて

食えぬ紙切れ集めての

空しかろうて


誰かを護るとな

かすり傷やら 自分のことなんぞ

気にもならんもんぞ


わしらは餓鬼地獄から

出んといかんわの

ほれ蜘蛛の糸が光っとるの


勇気出しての

もっと自分を活かさんとな

みな可愛い赤子やったもんでな

それでも勇気出しての


ほれ蜘蛛の糸が光っとるの

半径30キロからうたかたを見渡す

次男の中学進学先を決める時 色々な教員と話をした

その中で「親身」と言う言葉が当てはまる方は現場の先生には皆無だった

市の教育委員の先生方には 息子と私たち家庭の意見と思いが伝わった様で

県への働きかけもして下さった そのお陰で今は特別支援校へ通っている

主に私が交渉していたのだが 私には長い物に巻かれるという意識が備わっていないので

交渉にはちょっとしたコツを使った

彼等の弱点を少し突くのだ でも彼等の立場を壊しては元も子もない

自他共に生かすのである 


そんな中私の感情に触れる先生がいた もちろん悪い意味でである 

その方は典型的な中堅の女性教員

丁寧な物腰では隠し切れない高慢さが伺えた

支援校を希望する私たちに 優しい作り笑顔でこう言い放った

自分より下のレベルを選ぶのもねぇ あれなんですが やっぱり上を目指さないと

下とは支援校の事で 上とは普通校のことだ

彼女の頭の中(心とまでは書かずにおこう)は この発言でおおよそが露呈されている

その事に対する自意識が無い事を高慢と言うのだ(あるのならばなお)

私はかなりカチンと来たが がっぷり四つと取っ組み合う時間が無駄だと判断し

受け流した

彼女にはいづれ学ぶべき時が来るだろう(何だか私の方が高慢ちきですね)と

心でつぶやいていた


なまじ「先生」などと呼ばれると 政治家でも教員でも勘違いスイッチがonになるのか

季節柄思い起こる「実るほど頭を垂れる稲穂かな」と言う句が空しく感じる

彼等は「先生」になって学ぶ事を忘れてしまっている 知性でも人間性でも・・・

何も実っていないのだから 頭も垂れるはずがないのだが・・

だがこの世がまだ少しでもまともなうちは いづれ足をすくわれるのだ

(とはいえ一般の常識は野望多き人間層に作用として利用されている事も否めない モラルや常識が彼等の争いでの世論と言う武器として利用される)


ここでは教員に限っての考にしたいと思うが

彼等には定年(高額の退職金)まで あわよくばその後のポストにもありつけると言うレースがある

そのレースに勝ち抜く為には 「事なかれ信仰」の信者でなければならないのだろう

同時に「先生」が故の欲も 小出しに満たしたいのだろう またそれ故のあの

中堅女性教員の発言が いくばくか彼女のそれを満たしたのだろうし

私には実に哀れにも思えたが 彼女のプライドや立場を壊したところで

教育現場が劇的ではなくとも確実に変化する訳でもないのだ

世の中で学校というものの体質が これだけ露呈しているにもかかわらず

彼等の体質は未だ中へ中へと閉じこもっている

そんな事実は無い様に 今も学校では時間が流れている

社会病を日常と健常が覆い隠し つかまえられなくなっている 

多くの大人と子どもが 欲と恐怖と不安を持て余している

食べるものが捨てるほどになった現代で 

私たちはただ その感情を発散する為に生きている様にも視える

高尚で麗しい立場の裏で 家族(とりわけ弱い立場の子ども)を平気で蔑ろにできる

バレなければ何をしても良い・・・悪魔の計画が着々と進んでいる(これは比喩です)


そんな世の中で 私たちは密かに心を失わずにいなければならない

騙されたふりをして進むしかない そしてその現代人の重荷と過ちを

降ろす日が来ることをイメージして 日常を目と心に焼き付けたいと思う


半径30キロから 見渡すうたかた

ちょっと悲しかった

最近 低劣な記事しか書けない・・・この表現は嫌いだけど自分に向けた言葉なのでお許し下さい

実は風邪をひいています 言い訳になりますが 酷くならない様に神経を使っています

風邪には栄養と休息が必要だと思うのですが なんせ私は睡眠の確保が難しい

加えて 風邪になると咳喘息が出るので 眠れても熟睡できないで ウロウロしている

夫も仕事の事で頭がいっぱいなので 帰宅すると上の空の日が多い

夜中の看護を交代して欲しいとは とても言えない


風邪菌は夫が持ち帰って来た 付き合いでカラオケに行った後日だった

そこから次男へ そして何故か子どもを介すると強毒化するのか 私がひ弱なのか

いつも症状が一番酷く 長引く


今朝も咳が酷いのでリビングのソファで眠っていた

夫が起床と同時に娘も起きた様で 朝の投薬を夫がしてくれた 

私は何となく音がしていたので解ったのだが 体が動かせなかった

何となくだけど 夫は苛立っている様だった 普段物静かな方だが 

投薬の準備を とても音を立ててしていた 

容器をとても強くガンと音を立てて置いていた


しばらくして起床し 出来なかった事を謝った 

いつもの優しい夫だが 苛立ちを悟られるのは嫌みたいだ 

私も反抗的な気持ちにもなったし 泣きっ面に蜂な様で とても悲しくなった


私も頑張っているが 夫も頑張っているのだ


ここで不満をぶちまけてはいけない それどころか ここぞ思いやりを発揮する時なのだ

ここで踏ん張って 相手への敬意と思いを言葉と行動で示す

たとえ 形だけの空元気でも それを示す 

そうすると何時しか 安心が湧き出てくる いつもの2人に戻れる


今週は夫の出張もあるので 私も踏ん張りどころだ

三連休は台風の様だが レジャーの予定もない我が家は いつもの様な休日を過ごすだろう

風邪の回復と共にゆっくり 我が家の平常を取り戻したい

娘はコロコロ可愛い 最近よく喃語の様に発音する

そういや今朝ソファでみた夢は 娘が「ママ」と言う夢だった

夢の中で私は歓喜していた









テレビ

www.nhk.or.jp


録画して何度も観ています

NHKは受信料などで不評ですが 上層部ではない現場では 良い番組(何度も観返す価値がある)を作っていると思います

何よりCMが無いのが良いです

見たくもない映像を見せられるので 私はCMが嫌いです


テレビはBGMの様に 付けっ放しにする場合があると思いますが

私はそれも好みません 

今は夫がその派なのでそうしていますが 出来る事なら観たいものだけを

観れる時間にきちっと鑑賞したいです


独身の頃も 家ではテレビ番組を厳選して観ておりました

あとは自室で音楽鑑賞か読書です(リビングに居たくなかったからですが)


朝の時間も 私の理想は好きな音楽を聴きながら過ごすことですが

現実の我が家は「めざましテレビ」です


夫は上品な気質ですが パチンコが好きです(今では年に数回です)

ゲームセンターも好きです 

私はどちらも嫌いです・・・ちなみにドンキホーテは大嫌いです

その事は夫に伝えています 


映画もホラーやサスペンスは好みませんでしたが

今では夫と鑑賞して 鑑賞後は二人で議論します 

その事は二人の共通の愉しみです


羊たちの沈黙」や「ハンニバル」を観た時 ショックが数日抜けませんでしたが

今ではその内容の行間を夫と議論します

ハンニバル・レクターの清き心について 議論できる男性は

私の中では夫だけです 


夫の世界を壊さないことは 私の世界を壊さない事に通じます

趣味嗜好は違っても お互いを思いやればケンカにはなりません


私の好きな映画「ガンジー」を夫にも観て欲しいのですが

いつも開始十分ほどで 夫は眠ってしまいます・・・その時はついすねてしまいますが

それもご愛敬でしょうか 決定的な不満ではありませんね


集落の稲刈りが順調です もうじき彼岸花の赤の時期です そして金木犀の香り

秋に落ちて行く時間を待つことが この上なく幸せに感じます

待つ事って素晴らしいです


秋が大好きです

おくそく 

headlines.yahoo.co.jp


ヨガとか精神世界とか スピリチュアルとかの人は

時折 言われている「モラハラ」に近い状態の人がいます (経験上断言)


鶴太郎さんの場合は 憶測ですが熟年離婚に至った訳って

おそらくそんな事なんじゃないかと感じた


己の悟りやら 覚醒やらが崇高で 他者、一般人は不覚醒の劣った存在

そう断言しなくても 何処かしら他者を見下して 己の傲慢さに無頓着だ


この記事でも 目を光らせ「自分の魂がどうかだ」とある 

奥様はさぞ悲しかったのではないか

夫婦は例え離れていても 心は一つと思えるからこそ夫婦だし

その精神の繋がりをブッツリ切られた気持ちになったのではないか


まぁ 勝手な憶測なのだが 

ピピ ピーヨコちゃん ピーヨコちゃんでピィィィの頃の鶴太郎さんの方が

私は好きだし 悟りの境地だと思う